コラム

2010.2.3

「得能暦2010年版」カレンダー&2曲入りシングル発売!

こんにちは、とくのうです!

コラムの更新が、すっかり滞っていて申し訳ありません!
今回からは、こまめに更新したいと思っています。
コラムは基本的に、新しいリリースや新曲、グッズなどの
紹介を中心にしたいなあと思っております!


さて、昨年(2009年)末にリリースいたしました、カレンダー&2曲入りCDの「得能暦」を紹介いたします!

この作品は、卓上カレンダー(6枚入り)とシングルCD-R
(「制服」「恋のトリプルアクセル」の2曲いり!)
が合体した作品です! 価格は1000円!
既に、結構売れています!


ライブ会場や路上の時にも販売しております!

また、札幌4丁目プラザ7階のにあるCDショップ「音楽処」さんでも販売しています!


さて、詳細について。

まず、この「得能暦」は、「暦」とうたっておりますので、第一義的にはカレンダーなのです!

丁度、CDのジャケットと同じサイズの、僕の写真が印刷された、2ヶ月ずつのカレンダーが6枚入っています!


撮影はいつも私のジャケやブロマイドなどを撮影してくださっているナナメグラフの島田拓身氏。
2009年の11月18日に、約一日で撮影しました。

この撮影は、セッションのような撮影で、お互いが思いついたものをかなり即興的につくるというとても楽しいものでした。
最初から、全ての構図を決めた物ではないので、勢いが凄くある感じですね。

カレンダーの写真の内容は見てのお楽しみにですが、まあ、バラエティーにとんだカレンダーになっています!

どのようにカレンダーを飾るかと申しますと、実は、このCDケース、180度以上開くと、より後ろに開きます。
開けるところまで最大に開いて、CDが乗っている面を下にすると、ジャケットの裏面のところが立てかかる様になります。(「こ」の字型に開きます。)

その上の面に、カレンダーをはさめてください!
(上手く説明できなくて申し訳ないです・・・)



それから、シングルCDについて。

今回は冬に発売ということで、冬をイメージした2曲を収録しました。
「制服」「恋のトリプルアクセル」の2曲。

(恋のトリプルアクセル」については散々説明しているので、今回は省略して・・・)


「制服」は、実は何年か前からあった曲ですが、歌を取り直して、音をリマスタリングして収録しました。

この曲は2002年ころに作った曲です。
テーマとしては、2学期で転向してしまう女の子の気持ちになって作った楽曲です。

比較的、昭和のカラーのする楽曲ではありますが、秋から冬にかけての情景や、感情が上手く表現できた曲かなあと思っています!

「恋のトリプルアクセル」については、「BEST ELEVEN」に収録したヴァージョンを収録しました!



この「得能暦」とともに、一年を皆さんと過ごせたら僕も幸せです!

どうかよろしくお願いいたします!



2008.4.7

満たされない思い【歌詞】(下)

(上)では自分と歌詞の関係についてでしたが、(下)では歌詞についての自分なりの考え方みたいなのを書きたいと思います。

そう、曲を書き始めて最初の頃は、あまり歌詞に重点を置いていなかったのですが、いろいろなアーティストのいろいろな歌詞を読んだり、多くの物に触れて、いろいろな経験をしたり、歌詞のフレーズを沢山書いて行くうちに、自分なりに歌詞の意味を感じる事が出来るようになってきたんです。

わかりやすくいえば、20代の頃なんかは、他のアーティストの歌詞(邦楽でも洋楽でも、プロでもアマチュアでも)や詩集を読んだりしても、ただの記号にしか見えなかったんです。

ところが、沢山詞を書いたり、いろいろなものを読んだりいろいろな体験をしたり(←これが一番重要かも)しているうちに、自分なりに意味を感じてきたんですね。
(もちろん、その解釈は間違っているかもしれませんが・・・笑)

そのあたりの内容で(上)は終わったと思います。

さて、自分の作詞についてですが、実は、書いている自分自身では、意味を持っては書いているのですが聴いている方の頭の中ににどのように映っているのか、僕には、全くわからないんです。
きっと、いろいろな画像が頭の中に浮かんだりするのかもしれませんが・・・

これは、自分の顔の表情が他人にどのように見えているのかわからないのと似ていると思います。

でも、そこが作詞、作曲の面白いところでもあると思うんです。

往々にして、歌詞というのは、作者の体験や思いを基に想像を膨らませたり、あるいはリアリティーをもって、沢山脚色したり、何かに投影して作られたりすると思います。
(まあ、中途半端な職業作詞家のように、記号を当てはめただけの中身のない歌詞もありますが・・・)

でも、それが、聴く人にとっては、聴く人の体験や思いとシンクロして聴いている人の頭の中に、作者とは全くちがった世界の画像や風景が流れたりするんだと思います。

それが、共感したという事かもしれません。

僕が好きな歌詞というのは、その人らしさが出ていたり、或いは、ストーリーがしっかりしている物が好きです。
それでいてわかりやすければ、最高です。
もし、多少複雑で難解でも、その人が何かを示したいという「思い」があふれていれば、とても惹かれます。

逆に、何も思いが伝わらなくて、適当に綺麗な当たり障りのない言葉を羅列したような歌詞は何だか退屈になってしまい、頭に入りません(笑)

今、思い返してみると僕が、音楽に対して、ワクワクした思いが強かった頃は良い歌詞や良い曲が沢山あった気がします。

やっぱり、洋楽にしても邦楽にしても旧盤の歌詞をみたら、ああ、そうだよなあ」とうなずいたり、時々、泣けてしまうようなものもあります。

一流の物は、多少難しくても、あるいは簡単すぎても、何かが伝わるんです。

逆に、つまらない歌詞や曲は、見ていて退屈で、眠くなってしまって頑張っても最後まで聴けなかったりします・・・

そういえば最近は、個性的な詞が減ってきたような気がします。

判で押したような、わかりやすい(言い方を変えると使い古された)表現やただ、語句を組み合わせただけの、スロットマシーンのような歌詞(いくつかの定番の語句を何種類かつかって並び替えたことの例え)が多いと感じます。

そして、幸せな事を大げさに誇張したり、とても白々しい応援の曲だったり、全く意味のない歌詞だったり・・・
綺麗な事ばかり歌われてる気がします。

(勿論、前向きな歌詞は素晴らしいし、幸せな歌詞は心温まります。そのリアリティが伝わるのであれば・・・)

でも、僕の目から見たら、世の中はそれ程綺麗な世界ばかりには見えないんですよね。
ワイドショーとか見ていたらわかると思いますが。
(そのワイドショーすら、大味で、若干現実を曲げていると思いますが)
正直、おかしな世の中だと思ったりします。

別にそういう軽率な曲が何曲かに1曲あってもかまわないと思うのですが、「ここ一番の1曲」というときは、含蓄のある詞を見たいですね。

やはり、音楽業界の景気が悪いせいなのか、手っ取り早くお金になる音楽を作らざるを得ないのかと思います。
有線やラジオでながれても、すぐ耳に付くような、意味はなくてもインパクトの強い語句の並んだ歌詞や、カラオケで歌いやすいような歌詞が作られているように思います。

(ちょっと話はそれますが、メディアに取り上げられる物というのは結局音楽のクオリティーよりも、ルックスやイメージ、ジャンル分けのしやすさや、人とのつながり、そんな事が重要になってきてるんでしょうね。商売だから失敗できないんでしょうし)

だからこそ、アマチュアはアマチュアにしか出来ない自由な表現をしなければならない。
当たり障りのある世界では出来ないような、レベルの高い事をしなければならない。
そうでは無いと勿体無い!
誰も、宣伝をしてくれる訳ではないので、アマチュアはレベルの高いことをしなければ、振り向いてもらえないはずです。

そういう思いが自分を奮い立たせるのです。

私のような、ヒエラルキーの末端の、道端に転がる石ころの、無名のアマチュアは何をするべきかというと、せめて、正直な強い「思い」が込められた歌詞や曲を作る事かなあと思うのです。

無理をして、人生の素晴らしい部分だけを探して、或いは、真実を捻じ曲げて、偽善や欺瞞を歌わなくても良いかなあと思うんです。

その人のキャラクターに合った脚本で良いのかと思うのです。

だから、僕はどうしても、
「幸せ一杯に満たされた瞬間の感動」
よりは

「何かが満たされていなくて、切ない」
事の方が、美しく思われるのです。
(勿論、感動的な歌も良いものです。決して嫌いではありませんよ)

そしてもう一つは、簡単に「あ、わかったわかった、そうだよね」
と理解されてしまう曲ばかりでも、不味いなあと思ったりします。

「噛めば噛むほど味が出るような、スルメみたいな曲」
を作って行ければ良いなあと、心の底で思うのです。

もちろん、これは今現在の自分の感じ方です。
これから、作風は変って行くでしょうし、もっと、感動的な曲も作って行かなければならないと思っています。

ここまで書きましたが、自分の歌詞はまだまだで、非常に稚拙だと思います。もっと勉強して行かなければならない。

自分の音楽を好んでくれる人は理解しようとしてくれるかもしれませんが、その他の人々を巻き込むような歌詞はまだ全然書けていないです。

時々ティーンエイジャーのアマチュアの、ストレートな歌詞とかを見てハッとする事があったりもします。
「俺はまだまだだなあ・・・今まで何やってたんだろう」と自信を無くす事も度々あります。

だから、もっと謙虚に、いろいろなものに触れていろいろなものを吸収できるスポンジみたいになれたら良いなと思います。



2008.4.7

満たされない思い【歌詞】(上)

blogに書いた記事から、強く語りたいものがあればこのコラムに推敲して掲載したいと思います。
今回はblogの記事から書きました。

最近、blogの閲覧数もふえてきて、(残念な事にライブのお客さんや路上の見る人は多くはないのですが・・・笑)
いろいろなご意見やご質問を頂いております。

その中で歌詞のことがとても多かったので、自分と歌詞の関わりについて、少し書きたいなあと思います。

元々僕は、作詞も作曲も大人になってからはじめました。
昔、子供の頃はコピーバンドをやっていたのですが、周りの先輩達がオリジナル曲をやっている、その「オリジナル」という響きがかっこよくて、羨ましくて、それから曲を書きたいと思うようになったんです。
(この辺は長くなるので、省略。またの機会に書きます。今日は歌詞について絞りたいと)

それで、メロディーを作るのは、それ程苦労しないのですが、歌詞というものが最初は全くわからなかったんです。

また、実際自分で書いてみても、恥ずかしい歌詞しか作れなくて、本当にコンプレックスでした。

今も大した歌詞は書けないのですが、当時は本当に言葉を知りませんでした。
だから、上手く歌詞が書けなくて、「こんなの人に見せたら馬鹿にされるんじゃないか」と思ったり、「自分の歌詞を人に聴かせるのはおこがましい」みたいな、変なへりくだった考えがあって、なかなか歌詞を人に見せる事は出来ませんでした。

歌詞が書けないということは、逆に言えば人の書いた作品を理解する読解力も本当にありませんでした。

もともと、読書とか全然しなかったテレビっ子だったので、本当に書くのが苦手でした。
(余談ですが、テレビというのは、こちらが頭で何も考えなくても勝手に情報を注入してくるので、頭を使わなくなくても理解できたような気分になってしまうんですよね。今はどういう訳か、テレビはあんまり興味なくてあまり見ないけれど、本は結構読んでいます・・・笑)

だから、最初のうちは借りてきた言葉ばかりで歌詞を作っていたかなあ。
伝えたい事なんか一つも歌詞に入れられずに、ただ、カッコいい歌詞にしたかった感じで。

当時は洋楽が好きだったせいもあって、僕は「歌詞の意味よりも音」から入ったリスナーでした。
たから、「歌詞はおまけのような物で、要は音が素晴らしければ良いんだ」「曲が良ければ良いんだ」って考えていました。

ただ、やっぱり歌詞が無いと歌えない。
自分は自分の曲で歌がうたいたかったのです。
ずっとスキャットばっかりやるわけにも行かないし(笑)

恥ずかしい記号(意味がないという意味ね)みたいな歌詞しか書けない、でも、とにかく何か形にしたい!と思って、書き続けたり、いろいろなものを読んだり見たりするようになったと思います。

大学の時の国語の先生は「ダンボール1箱くらい書かないと上手くならないよ」とおっしゃっていたのですが、今思うとそうかなあと思います。

自分の曲を録音し始めるようになってから、暇があったら思ったことを書いたり思いついたフレーズを殴り書きしたりしてました。
(多分、ダンボール1杯には達してないけれど、相当な量書いたと思うなあ。要するに昔は暇だったのかなあ・・・笑)

最初は上手く書けなくて、思っていることをノート何ページにも渡って何でも良いから書き殴って、勢いが出てきた部分を抜粋したり、その何ページもの殴り書きを要約して、言葉を綺麗に選んだり、そんな事をしながら、歌詞を作っていたかなあと思います。

今思えば、最初は自分自身が何を考え、何が欲しくてどうあるのが幸せなのかとか、全く見えてなかったと思います。

惰性で生きていたと思うんです。

それを筋道立ててくれたのが、作曲なのかもしれません。

そうして行くうちに、自分の主張したいというか、心の中の吐き出したいことや、わかって欲しいものが何なのか少しずつ、つかめてきた感じがしてきたんですね。

そうして行くと、不思議な事に今まで、他の人の歌詞も記号にしか見えなかったのですが、自分なりに、意味を解釈できるようになったりします。
そのうち、面白くなって、いろいろな歌詞に興味を持ったり出来るようになるんですよね。

今まで見えなかった、暗闇だった世界に明かりがついた感じなんです。
世界が広がったんですよね!

その辺りから、真面目に歌詞について考えるようになってきたかなあ・・・

まあ、曲にしても詞にしても、自分の手癖の範疇をまだ脱してはいないのですが・・・



2007.2.12

「軽音楽は出し尽くされたのか?(現代人の求める物)」

コラムの更新が非常に遅くなって申し訳ありません。
幾度も下書きを書いていたのですが、内容が独りよがりだったり、非常に辛辣なものになってしまったり、なかなか良いものが書けませんでした。

こんな陳腐なテーマで申し訳ないですが、僕等にとっては死活問題なので(笑)

近年になって音楽をやるという事は、ネガティヴな面もあればポジティヴな面もある。 (そりゃ物事に二面性があるのは当然かな・・・笑)

今、軽音楽というのは、正直に言って斜陽産業かもしれない。
10年前、20年前なんかは、もっと音楽は影響力があったし、イベントや媒体露出のチャンスも多かったのではないかと思う。今はキャバレーもなければ、歌を歌うイベントで、一般に情報が開示されている物も少ない。

でもそれとは別に、機材が安くなったり、テクノロジーが進んだお陰で一人で曲を作る事ができたり、そのバンドだけでインディーズで営業出来たりもする。
だから、僕みたいな人も活動できたりします。

要するにチャンスをつかむのはしんどくなったけど、だれでも努力すれば、何かをやる可能性は開けているのかなあと思います。

問題は「一般の人々が、音楽にどういうものを求めているのか」というのは非常に変わってきた事なのかなあと僕は思います。
(過ぎ去った時というのは美化されやすいので、話半分で聞いて欲しいのですが)

ロックがまだ芸術であった、1960〜80年代初期くらいまでは、革新的なものを作ろうとする人がプロ・アマ問わず溢れていたような気がします。
「新しい音作りとは何か?」「新しい曲作りとは何か?」「新しい表現方法とは何か?」というのを探求している者が沢山いて、それがシーンとなってムーブメントとなって行った気がします。
退廃的なことを現すシーンなどもありましたが、その事すら革新的であったりしました。
だから当時の音楽は活気があるし、夢があるように感じます。

音楽は当時の時代背景や、その地域の特色などに非常に影響されると思います。
その当時は、科学やテクノロジーの発展が目覚しかったことや(ロケットが飛んだりね)戦争や平和に対する意識が高かったり、何れにせよ刺激的な時代だった気がします。

当然のことながら、それは音楽にも反映されていると思うんです。

そして、民衆はそういう新しいファッションやムーブメントを吸収しようというパワーで溢れていたように思われます。

洋楽にしても邦楽にしても、80年代初期くらいまでは、(まあ酷い物もあるけど)新しい物を取り入れたいということが、主流なものではあったと思います。


ところがね、(私は90年代のムーブメントは詳しくないので説得力に欠けるけど・・・)
最近、いざ自分で音楽活動を始めてみて、いろいろ調べたり、話を聞いたり、体感して思った事は結論から言うと、音楽ファンもそうでない人も、新しい物なんて音楽には期待していないのではないかと思ってしまう。
新しい物を期待していないどころか、音楽には何も期待していないのではないかとすら思う。

よく「ロックはもう全て出し尽くされている」などと言う人が居るのですが、僕はそうではなくて、もう何かを開発することにメリットがないからこうなってしまったのではないかと思ったりする。

それは、音楽CDの売り上げや、ライブハウスに来る人とお笑いのライブやクラブのイベントに来る人を比べれば、多分一目瞭然ではないでしょうか?
(僕の観念的な印象なので、間違ってるかもしれないけれど・・・)

現代人は何十年か前の人に比べて、良い意味でも悪い意味でも繊細なのではないかと思います。
凄く細かくて、気が効く人が多いのですが、打たれ弱くて、新しい事にチャレンジする事が非常に苦手になっているような気がします。(自分も含めて・・・笑)

あくまで、邦楽のチャートや媒体を見た主観だけれども、今求められている音楽像っていうのは、どのジャンルに属しているのかわかりやすく、ポジティヴなことを表現している物で、精神が安定する物(癒しとか?)で、難しくない物(いや、実際は難しいとしても、難しく聞こえないもの)、というのが前提になっているような気がします。
あと、カラオケで歌えるものかな(笑)

そして、前回のコラムでも書いたとおり、媒体に露出できたものが、人々に受け入れられるという傾向があるように思います。

つまり、わかりやすくいうと、型にはまった物が安心できるという事なのかなって思います。


これは、最近の人は受身になってきているからかなあって思うんです。
今の若年層は、子供の頃からゲームはあるし、PCはあるし、自分の頭で何かを作り出す必要はそれ程無いんじゃないかと思うんです。
お金さえあれば、いろんな物が与えられる事ができるし。
だからこそ、人間関係を結ぶ事が難しくなっているし自分の思い通りにならないことに、くじけてしまう。

そんな土壌のなかで、人々が音楽に求める物は安定であるだろうし、耳当たりのよい物や癒される物、あるいは痛みを共有できる物、みたいな事になると思う。
だから、新しい物は受け入れられ辛いし、音楽を売る側は、リスクは負わず、手堅いもので商売を成り立たせようとする。

なーんて言う風にみえてしまいます。

長い年月の間、芸術的な観点で若手を育成したり、環境を作ったりということを怠ってきたツケが回ってきてるのかなって思ったり。


でも、そんな中で、いちアマチュアミュージシャンが出来る事は何だろう?って考えた時に、自分にしか出来ない方法で、人に勇気をあたえて、自分を奮い立たせて、楽しい時間を共有する事ではないかと思うのです。

こんな事を続けていても、恐らく、業界やメディアや興行主の目に留まることは、一生無いかもしれない。
でも、素晴らしいと思うもの、輝かしいと思う事に精力をつぎ込んで、それが綴れ折のように編みこまれた表現を人に見せていく事が出来たらなって僕は思うんです。
(それには、相当な努力と誠実さと実力が必要ですが・・・)

そうして、音楽に興味が無い人にも「実はここに夢がある場所があるんだ!」って思ってもらえるように、振り向いてもらえるように、僕たちは頑張っていかなければならない。

人と同じで安心している人たちに、自分だけの価値観をもってもらって、日々の生活を豊かにしてもらいたいと思うんです。
厳しい毎日の生活の中の、一つのオアシスになれたら良いなあって思うんです。

おそらく真剣にやっているアマチュアミュージシャンはみんなそう思ってると思う。

標題の「疲れたカメレオン僕のそばへおいでよ」とは、そんな意味が込められています。


どうか、一般の方々も、ライブハウスや路上パフォーマンスにも耳を傾けて欲しいです。
(別に、僕のライブじゃなくても良いのですが・・・笑)



2006.11.28

「媒体露出があると、良い曲に聴こえるのか & 最近の僕の夢」

こんにちは、とくのうです。不定期でこちらにコラムみたいなものを書いてみたいと思いました。
作曲についてとか、自分の好きなものについてとか、blogよりは、少し突っ込んだ内容について書きたいなって思います。

今回のテーマは「媒体露出があると、良い曲に聴こえるのか?」ということです。
わかりやすく言うと、あるバンドやアーティストの曲が映画やCMなどのタイアップだとか、テレビで取り上げられると、相乗効果によって、今まで思ってたより曲が良いものに感じるのではないかという事です。

これが疑問に思ったのは、地元の音楽テレビ番組などに取り上げられたバンドは等比級数的に動員が伸びたりすることを何度か目の当たりにして、そういう効果はあるんだろうかと思ったのです。

僕は、そんなものが曲のクオリティーに関わるものではないと思っていました。


実は僕もそれを感じた例が一つありました。
「イル・マーレ」という韓国映画のハリウッド盤の映画があって、その予告編でポール・マッカートニーの「This never happened before」という曲が 使われていました。(その映画は結局みてないんだけど・・・笑)
僕はそのアルバムはその前から持っていて、それなりに聴きこんでいたのですが、それ程印象に残らなかった曲でした。
でもその瞬間から、この曲を意識するようになって、凄く好きになった。

こんな些細な一例からも、媒体露出がリスナーに大きな影響を与えるのは否定できないなって思いました。


でも、どんな楽曲でも、何かで取り上げられたら、よく聴こえるのだろうか?

僕は断じて違うと思いたい。何でもかんでも、垂れ流していい物ではない筈。
元々、クオリティーの高い楽曲だからこそ、何かで取り上げられた時により高い評価を得られるものだと、僕は信じています。


そう思っても、最近の流行歌の中で、なかなか自分の好きなものに出会えないなあと自分は思っています。もしかしたら自分が老けたからかもしれないけど、でもきっとそれだけでは無いんじゃないかって思ったりします。


近年は、音楽業界がそう景気が良くないためなのか、冒険しないで、型にはまった、手堅く売れる作品を出している傾向があるような気がします。(以前からそうだけど、特に最近は顕著)
だから、リスナーは同じような音像の楽曲をたやすく手に入れることが出来ます。
近年はネット配信などによって、ipotや携帯電話で音楽を聴くスタイルがメジャーになってきた。


独自性のある音楽は世の中がもう求めていないような気がしたりする。
「○○みたい」な音楽をみんなで共有して、安心したいというのが、主流なのかと思ったりします。

そんな近年だからこそ、アマチュアミュージシャンは「もっといろんな楽しみ方があるよ」ということをリスナーに提供していかなければならないんじゃないかって思ったりします。
そうじゃなければ、やってる意味がないし、ちょっと悲しい。
アマチュアなんだから、しがらみの無い事を逆手にとって、好きな事をやりたいですよね!

音楽をやる側も聴く側も、自分なりの自分だけの解釈や、自分だけの楽しみ方をもっともって欲しい。わくわくする瞬間がもっと増えたら良いな。
そんなことのきっかけに自分がなれたら良いなって、僕は思っています。


僕はおそらく、上記の関係に評価されたり、何かに取り上げられる事は恐らく無いと思う。
でも、そういうものに相手にされなくても、「人を振り向かせる事ができるんだ」「人に楽しんでもらうことが出来るんだ」って言う事を実践できたらいいなって思う。
若くなくたって、人脈がなくたって、時間がなくたって出来るんだってことを。
それを考えてる時は、一人わくわくします。

それが僕の夢。



New Release
得能暦
2009.12.20 Release

2010年カレンダー&2曲入りシングル!

(6ピースのカラーブロマイドカレンダー&「制服」「恋のトリプルアクセル」2曲収録!)

※数に限りがありますのでお早めに! ライブ、路上会場、または「音楽処」(札幌市中央区南1条西4丁目 4丁目プラザ7F 自由市場内)で発売しています。
(遠隔地の方への通販も行っています。詳しくは音楽処さんにお問い合わせください)

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1st Album 『BEST ELEVEN』
2008.9.6 Release

『3:25』『Fake』を含む全11曲入り

ライブ、路上会場、または「音楽処」(札幌市中央区南1条西4丁目 4丁目プラザ7F 自由市場内)で発売しています。
(遠隔地の方への通販も行っています。詳しくは音楽処さんにお問い合わせください)

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好評発売中
1st Single 『Fake』
2006.5.20 Release

C/W 『聴かせて!Radio(prototype)』
ボーナストラック2曲を含む全4曲入り

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2nd Single 『3:25』
2006.5.20 Release

C/W 『GOOD LUCK』
ボーナストラック2曲を含む全4曲入り

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